로그인傾きかけた午後の陽光が、流れる車窓を白く飛ばしていく。
後部座席に山のように積まれたブランド品の紙袋が、車の揺れに合わせてかすかに擦れる音を立てていた。 助手席に座っていた
新品のパンプスの中で、熱を持って
シートに深く身体を沈め、半ば放心しながら窓の外の景色を眺める。
しかし、流れていく街並みに、凜はふと違和感を覚えた。 六本木へ向かうはずの車は、まったく違う方角を走っている。「あの……」
思わず声が漏れた。「なんだ」 前を向い凜の病室を出た理玖は、ナースステーションの前を通りかかった。 ふと足が止まる。――凜がまたどこかに行ってしまわないよう、見張ってもらうか? そんな考えが頭を過った。 一瞬立ち竦み、頭を小さく振る。――俺は何を疑ってるんだ。――凜は『約束する』って言ってくれただろうが。 再び歩き出して、病院を出た。 車に乗り込んだところで、どっと疲れが押し寄せてきた。 シートの背もたれに体重を預けて、大きく息を吐き出す。 フロントガラスから差し込む太陽の光が目に沁みる。――そうだ、高遠に連絡しないとな。 スマートフォンを取り出し、着信履歴から希美に折り返す。 数コールが鳴って、希美が出た。『社長、奥様は見付かりましたか?』「ああ、お陰様で見付けられた。しばらく入院することになりそうだが……」『それなら良かったです』 希美の声に、疲労が滲んでいるように聞こえた。「株の件はどうなった」『……非常にまずい状況です』「買いが止まらないってことか?」『そうです。ただ、買いを入れている口座の一部が分かりました』「誰だ?」『堂島電気株式会社です』「なんだと……?」――堂島尊。 凜と結婚してから、何かある度にその名前が付き纏っている気がする。 パーティー。 白川ホールディングスとの橋渡し。 そして今回。――本当にただの偶然か?「売りが増えた理由は分かっているのか?」『……恐らくですが、社長の奥様の件です。あのアカウントの投稿が影響しています』 理玖は顎を手で押さえて考え込んだ。――流石にタイミングが良すぎないか? 白川の件が片付いた直後に、今度は凜の過去。
――全部、理玖に知られた?――八年前のことも、あの子のことも……?――それなのに、どうして……。 溢れ出てくる涙の理由が、自分でも分からなかった。「うち、理玖の傍におったら、迷惑かけてまうから……」「何言ってるんだ……。夫婦だろ、俺達」 理玖の声はひどく掠れていた。「うちが、ずっと隠してたから……」 きちんと話そうと思うのに、嗚咽が混じって言葉が続かない。 理玖がゆっくりと首を振った。「俺が聞かなかったからだ。お前は俺のこと聞いてくれたのにな」 二人の間に沈黙が漂った。 凜は手で目元を拭う。「どこまで聞いたん……?」 理玖は一度口を開きかけて、閉じた。 ゆっくりと目を閉じて話し始める。「堂島尊との婚約、凜の義母。それから……俺達の子のことも」――ほんまに全部や……。 凜は俯いて、シーツを握る自分の手を見つめる。「……そっか」 何を言えばいいか分からなかった。「凜」 理玖の呼び掛けに、視線だけを上げる。「Estrellaで再会してからも、俺はお前を何度も傷つけた。八年前の事情を知らなかったからって、許されることじゃない」「そんな……理玖が悪いわけちゃう」「それでも、言ってはいけないことを言った」 理玖は視線を落とした。 凜はそっと手を伸ばす。 指先が肩に触れたところで、理玖のシャツが湿りを帯びていることに気付いた。――ずっと探してくれたんや……。「あのね、理玖。最初、辛くなかったって言ったら嘘になるけど&hel
車のサイドウインドウをノックされる音で、理玖は目を覚ました。「あのー、そこで寝られると困るんですけど」 コンビニのスタッフが眉を顰めて立っていた。 理玖は跳ねるように身体を起こす。「すまなかった。すぐに移動する」 エンジンをかけ、コンビニの駐車場を出る。 フロントガラスの向こうは、昨夜とは別の街のように明るかった。――寝すぎた……! コンソールパネルに表示された時刻を見ると、九時半を回っていた。 歩道に視線を配りながらも、津久井浜駅を目指す。 しばらく進んだところで、スマートフォンが鳴った。 理玖はハンズフリー通話のボタンを押す。『社長、大変です』 希美の声が車内に響いた。「今運転中だ。後にしてくれ」『KWS株に、異常な買いが入っています』「……何?」『市場が開いてから、まとまった買い注文が続いています』「誰が買ってる」『まだ分かりません』「どのくらいだ」『通常の出来高じゃありません。一度戻ってください』 凜と会社。 理玖は奥歯を噛み締めた。――だが、俺は『もう二度と手放さない』と誓っただろうが……。「勝手を言ってるのは分かってる。だから、高遠。……頼む」 一拍、沈黙が落ちた。 そして、小さく息を吐く音が聞こえた。『早く終わらせて帰ってきてください。一つ貸しですよ』 希美が通話を切った。「……助かる」 零れた言葉が、ロードノイズに掻き消える。 アクセルを踏む足に力が籠もる。 津久井浜駅前に着いた時、時刻は十時に迫っていた。 理玖は車を降りるなり、施錠を確かめることもせずに駆け出した。 コンビニに入り、店員に事情を話す。
理玖が津久井浜に着いた時には、午前二時を回っていた。 駅前の駐車場に車を停め、駅に駆けた。 人通りはなく、いくつかの街灯が点っているだけ。「凜!」 駅舎に向かって叫んでも、返ってくるのは反響した自分の声だった。 理玖はスマートフォンで津久井浜駅周辺の地図を表示する。――コンビニ……。 駅からほど近いコンビニなら、何かを買っているかもしれない。 そう思い立ち、理玖は走り出した。 店内に客の姿はなく、アルバイトらしき店員が商品棚をぼんやりと眺めていた。「すいません。妻を探しているんだが」 スマートフォンを取り出したところで、凜の写真を持っていないことを思い出した。 服装や髪型、背格好。思いつく限りの特徴を伝えたが、店員は「見てないです」と首を振るだけだった。「他に、今営業している店はないですか?」 店員はわずかに考えて、「ないですね」と返す。「分かりました。ありがとうございます」 理玖はコンビニを飛び出し、海の方へ駆け出していった。――なんでこんな場所に。 そう問いかけるほど、嫌な想像が胸の中で渦を巻く。 そのたびに、菜央が凜から受け取ったというメッセージを思い出す。『治療費は絶対なんとかするから』――だったら、死ぬつもりじゃない。――そうだろ、凜。 細い路地を抜けると、堤防が見えてきた。「凜!」 深夜であることなんて考える余裕はなかった。 スマートフォンのライトを頼りに波打ち際へ寄る。 どれだけ目を凝らして周囲を見渡しても、ただ暗闇が広がっている。 理玖は波打ち際に沿って歩き出した。 やがて足元が砂に変わった。だが、どれだけ歩いても人影は見えない。 革靴に湿った砂が入り込み、擦れた踵が痛みだす。「凜……」 何度も名前を叫んだ喉が|枯《か
希美への通話を切った後、菜央から着信が入っていたことに気付いた。 時刻を確認する。 菜央との通話を終えて凜のバイト先の店長と話している頃だった。 すぐに折り返す。 二回コール音が鳴り、菜央が出た。「何か分かったのか」『ちゃうわ!』 スピーカーから響いた菜央の怒号に、一瞬スマートフォンを取り落としそうになる。「……何を怒ってるんだ」『凜が出ていったのって、あのアカウントの投稿が関係してるんやろ』「……恐らく」『恐らく? あんた、うちが凜と最後に電話した時、あの子なんて言ったか分かってんのか!』「なんと言ったんだ……?」『理玖が何とかしてくれるって言ってるから大丈夫って、そう言ったんやで!?』 返す言葉が出なかった。『それで安心したうちが馬鹿やったわ』「……すまない」 沈黙が流れる。 やがて、嗚咽を堪えるような声が聞こえてきた。「……菜央、凜が行きそうな場所に心当たりがあれば教えてほしい」『あの子がどうやって、どんな思いで東京に来たか知ってる?』「堂島との結婚式を蹴って、逃げてきたって。菜央に手伝ってもらったとも聞いた」『……それだけか?』「ああ」『なんで堂島の婚約を受けたか、聞いてすらないんか?』「……ああ」 スピーカーの向こうで、菜央が奥歯を噛み締めるような音がした。『あんた、凜と結婚して、これまで何してたんや』「凜が生活に苦労していることを知った。だから、俺にできることはしてきた――」『だから過去なんてどうでもいいって!? なんであの子が堂島なんかの婚約受けたと思って……』 菜央の最後の言葉は、嗚咽に混じって消えた。
障子の一部に嵌め込まれた磨りガラスから、朝の光が差し込んでいた。 凜は目を擦りながら布団の中から顔を出し、壁の時計を見る。 八時を少し回ったところだった。 日付が変わる頃には眠ったはずなのに、身体が重い。左耳の聞こえは相変わらず悪く、視界にも薄い靄がかかったようだった。「よいしょ……」 ゆっくり身体を起こす。 少しふらついたが、昨日ほどではない。――大丈夫。 まず、お金を下ろす。 それから病院。 もう一度耳を診てもらって、薬を出してもらおう。 その後で、住むところと仕事を探す。 見付からなければ他の街。 順番にやればいい。「うん」 一人で頷く。 洗面台で顔を洗い、髪を整える。 昨日と同じ服しかないのが気になったが、仕方がない。 部屋を出る。 受付で鍵を返しながら、凜は女将らしき女性に声をかけた。「あの、この辺に耳鼻科ってありますか?」「耳鼻科?」「はい。ちょっと耳の調子が悪くて」「それなら野比の駅前までいかないとないですね。ここから電車で二駅です」「……分かりました。ありがとうございます」「お身体気を付けてくださいね」「はい」 外へ出ると、昨夜とは違って遠くに青い色が見えた。 白波がゆっくりと押して、引いていく。――綺麗。 少しだけ足を止める。――まだ病院が開くまで時間あるよね。 海の方へ向かってゆっくりと歩いていく。 細い道路を抜けると、目の前いっぱいに海が広がった。 海面に陽光が反射して煌めいている。 堤防の手摺に肘をつき、体重を預ける。――海、いいなぁ。 ぼんやりとこの街で暮らす自分を想像する。――うん、仕事さえ見付かれば何とかなりそ







